2008年7月の日記
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2008.07.30

21日のライブでは1ステージ分リンゴスターの特集を組んだ。
(もう9日も経っちゃったけど)
かなり久しぶりにやる曲ばかりで、
歌詞と構成だけは確認したが個人的にはとりたてて課題はなし。
ただ最終確認のために歌詞をプリントしていのに現場へは忘れていった。
さらに忘れていることに気づかないまま、
それを入れるためにと途中でファイルを買う。
つくづく僕は僕。

それにしてもリンゴスターって軽視されてる。
リンゴの曲や彼の演奏方法あるいはスタイルなんかを
真剣にやろうとする人が他にいないから、
僕なんかのウケがいいんだと本気で思う。
リンゴにまじめに取り組む人が何人も出て来たら、
きっとものすごく面白いと思う。
ビートルズの深みってそういうところにあるんやから。
ちなみに若い頃のリンゴはひたすらドラマーに憧れたらしくて、
今も「歌えるドラマー」とかいわれて、やっぱり基本ドラマーなのだが、
僕はどちらかというと「叩けるシンガー」が志望です。
いや、無理は承知で。はは……。
とにかく確信してるのは、お客さんに恵まれてるということ。
皆さん、本当に感謝してます。

ところで最近訃報が続くと思っていたら、
さらに大学の後輩が亡くなったと連絡があった。
3月頃からおかしくなって、ということだが、
だとしたらガンの進行の早さにはかなり驚愕。
まだ若かったしね。
見たら彼のmixiの日記は3月で止まっていた。
このページはどうなるんやろか。
彼の生きた証しとしてこれはここに残っていてもいいんじゃないか。
で、僕らはそれをときどき読みながら、
彼の深い才能や知識の恩恵を自分の人生に活かしていくと。
マイミクのリストから消えないでいてほしい。

で、一昨日から発熱、昨日は38.7℃まで上がった。
ウチの家族は夏になると、汗も凍るかというくらいエアコンを使うので、
エアコンの苦手な僕は居場所がない。
もっと困るのは、僕の寝られる部屋がない。
さらに少し油断をしただけで風邪を引いたり、
下手すると冷房病みたいなのになっちゃうが、
なったらなったで、またエアコンを嫌がったら嫌がったで、
ひどく煙たがられて、いたわってもらえる気配もない。はは。
実はこれまでこんなことを散々繰り返して来たから、
ものすごく気を遣ってたんやけど、少しの油断でね。
こうなったら夏は、僕だけ別居という方策しかない、
という結論に至りつつあるが、そんな余裕ない。
ウチの近所に誰か余ってるマンションとかないですか、とかいうて。


気まぐれにGoogleとYahoo!で検索してみた。
「タクトさん」で検索すると、Googleで1位、Yahoo!で2位。
「そこらへん」では、Yahoo!で1位だが、Googleでは38位。
この差は何? かといってコメントもないが。
それにしても、全国にはたくさんの「タクトさん」がいるようだ。


2008.07.20

えー、どうも世の中がいろいろ問題を抱えすぎてて、
いくらプラス思考の僕といえども、
これ以上はちょっと、という感じではある。
というか実質困るものは困る。
で、景気づけに暑中見舞いでも出すかとアイデア出しをした結果、
「黄金の招き猫」の画像を作ってみた。
ちょっと気に入ったのでケータイの待ち受けにしてみたが、
なんとなく見惚れている。
ほんのちょっとでもご利益があれば、と願っとります。
欲しい人には上げますが。

春にウチの庭で猫が子供を産んで、
横尾忠則展では、猫のストラップ買って、
なぜか今年は猫づいてるな。
「猫の恩返し」来い!
いや、返すべき「恩」などないと言われるか。

明日(21日月曜)はオッピドムでライブ。
リンゴスターの誕生日は既に過ぎちゃって、
実質2週間遅れではあるけど、リンゴ特集やります。
ぜひお越しを!



2008.07.19

このところかなり暑くなって来てもう本当に夏だという気がする。
暑いのが嫌で、中学時代水泳部に入ったのも、
暑いのが嫌で、高校時代バスケット部をすぐに辞めたのも、
そうです、僕ですよ。
小学生のときには、年中半袖半ズボンで、
それ以外はパンツと靴下だけでシャツもなし。
真冬でも上着もなし。
別に貧乏で買えなかったんじゃなくて、
そういう人と違うところに頑固に拘るやっぱりかなり変なやつだった。
だから、中学の詰め襟長ズボン制服は拷問器具みたいなもんで。
そういえば、大学時代、靴が嫌でこれも年中下駄で学内走り回ってたら、
「カタカタやかましい」と先生に怒られたのも僕ですよ。
示し合わせもしないのに、複数の先生がね。
社会へ出てみたら、人々は一日中靴を履きっぱなしで、
アンビリーバブルとはこのことでした。

そんなことはええとして、やはりエアコンを使う。
使いたくないが、使ってしまう。
だって暑いから。
しかし僕はエアコンの作り出す空気が非常に苦手で、
あんまり使ってるとすぐに体調に影響してしまう。
かといってエアコン入れないと、
あまりの暑さで何もやる気が起こらない。
だって、身体中ベタベタするんやもん。
体調管理がとっても難しい季節だが、
ここで一度体調崩すと必ず秋頃まで引きずるからね。
……。
ちょっとのどが変な気がするんですけど。
で、明々後日ライブなんですけどお。

と、ライブでやる曲を集めた自作CDを聴きながら書いてるんやけど、
どうも、やらない方の曲がアタマの中でループしてるような。
僕って一筋縄ではいかんのだ。



2008.07.16

祖父の妹が亡くなったので、昨日は通夜に行って来た。
ずっと祖父の近くに住み、僕の最も古い記憶の中にも存在するその人は、
笑顔の印象だけ残して94でいった。
久しぶりに会った叔父叔母たちを見てみんなが年齢を重ねていることに気付く。
人生の深さと健康は反比例してるのかも。
現状維持というのは、この世にはあり得ないわけだ。
だからあえて前を向いて生きるわけね。

今日はあらためて葬儀のために出かけたが、
昨日と似た顔ぶれに、祭りのときに見る顔がずいぶん加わっている。
昨日いなかった従姉妹もいて、遠方の従姉妹たちからは弔電が届いていた。
お棺に蓋をする間際、
花々に包まれながら穏やかに寝入っている故人の顔を触ってみると、
やっぱり固くて冷たくて、彼女はもうこの中にはいないのだと思えた。
顔を見ることの出来る最後の瞬間には何人もが泣く。
しかし考えてみると、焼き場で骨を拾うときには泣く人を見たことがない。
なぜかそういうものだ。
ただ僕は骨を拾うときが最も妙な気分なのだがね。
人がひとり亡くなるたびに、時代が次の段階へ進んだのだと感じる。

次のライブがせまっているのに準備が遅れている。
集中力を高めてバシっと決めないと。
リクエストの多い曲を披露できるようにね。
大勢のご来場、待ってます。
この後、ここでやるのは当分先かな。

9月7日のチケットはかなりの勢いで売れてるそうで、
スタッフさんの力もすごい、というか、ありがたいこってす。
当日券は用意されてないらしいので、お早めにー。



2008.07.14

先日のライブでポール特集をやったとき、
僕は初めて「All My Loving」を歌ったわけだが、
歌ってみて、それはもう後悔するほどに難しい曲だと気が付いた。
本当は寸前までもっと難しい曲に挑戦しようとしていたのをやめて、
「今回はこれくらいにしといたろ」くらいの感じだったのだ。
そんな僕の歌の映像をmixiで公開してる人がいる。
それはいいんやけど、見せてもらったらなんちゅうヘッタクソ。
自分で思っていたよりさらに確実に力一杯下手だった。
精進します。
関係ないけど最近やたら「精進」という言葉を使ってるような気がする。

今月のライブはリンゴ特集なので懐かしい曲が登場することになる。
それにライブの曲目の1/3以上を僕が歌うことになるわけで、
のどの調子を整えとかないと。
たまに思いっきり潰しちゃうことがあるからね。

9月のライブのポスターが出来たということなので公開。
スタッフさん、頑張って作ってくれました。
バルビネのロゴは初公開。
これは僕が作った。
あと、写真も古いのをいじって僕が作ったけど、
いい写真がなくてこれは消化不良、ご愛嬌ということでー。
(ケータイでは観られません。あしからず)
あ、今回のキャバーンライブは、予約制で当日券はないそうです。
ただ、予約のキャンセルも出来ないということで、
ちょっとややこしいけど、よろしくお願いしますです。


オクラの第一号の花が落ちて実が膨らんで来た。
スイカも3〜4センチまで膨らんだ実がある。
植木鉢でどこまでやいれるのか、ちょっと見物だ。

横尾さんの「ぶるうらんど」は半分ちょっと読んだ。
面白いし読みやすいのですごく楽。
本を読むことがこんなに楽でいいんでしょうか。
で、僕は自分の表現について考える。
誰にとってもそうだが、一生の課題。

英会話もがんばって続けてるけど、
自分では成長してるのかなんなのかよくわからん。
ま、知識は増えてる。
悪くはなってない。

あ、壊れた忌まわしい名ばかりサイクロン掃除機の修理に、
某家電量販店へ行ったときに、ケータイコーナーに、
「iPhoneは売りきれました」という表示があって、それを観ていたら、
ある店員が「デモ機ありますけど触ってみます?」と言った。
思った以上に動きは軽快。
しかしこれってすでに電話じゃないよね。
僕の目から観ると、Appleだけが垢抜けてて他はみんなダサダサ。
Apple Computerってビートルズみたいなものだと思う。


2008.07.08

Apple ComputerからiPhoneのガイドビデオのアドレスが送られて来た。
こういうタイプのものとしては、かなり長いビデオ、でも観た。
いやあ、想像をかなり超えてる。
携帯電話を初めて欲しいと思った。
さすがApple。
4ヶ月ほど前にMacBookを買ったばっかりだし、
ケータイがこれになったらキョーレツに快適だろうな。
でも超キョーレツな価格あるいは料金らしいが。
……。
ま、これくらいにしとこうか。

Dreamweaverのレッスンは、気が向かないんであまり進まず。
でも、現時点では問題なし。

「顰蹙文学カフェ」は読み終えた。
次に読もうと取り出したのは横尾忠則の「ぶるうらんど」だが、
そんなん読んでる暇あんのか。
それより横尾さんの展覧会観に行かないと。
あ、それから忙しくてレセプションに行けなかった
「モディリアニ展」も観に行かないと。
べつに行かんとあかんわけでもないやろ、と言うかもしれんが、
いや、確かにこれは行かんとあかん。
それは僕の人生に関わるかもしれないわけで。
いちいち書くことが大層なので自分でちょっと辟易。
とにかく自分の身になることをやろう。
やりたいことが身になることね。

ここ数日は、アニマルズばかり聴いている。
「朝日の当たる家」は、いつ聴いてもはまり込む。



2008.07.07

今急に思い出したけど、少し前に台所のスポンジがカビ臭いので、
漂白剤を薄めた液につけておいたらまだカビ臭いので、
あまり深く考えずに漂白剤をモロにジャバジャバかけて一晩置いといたら、
じぇんぶ溶けて粉みたいになった。
過ぎたるは及ばざるがごとし。
ちょっとニュアンス違うか。
はは。

「顰蹙文学カフェ」残すところ、あとがき含めて20ページほど。
感想を一言で言うと、全くストレスなくただ楽しいだけの本。
好きな本を読み終えるのって、すごくつらい。
もう一回読めば、ってそれもちょっと違う。
ま、人生をそれだけに費やすわけにもいかんし。
読みたい本が常に行列を作って待ってるからね。
古井由吉、横尾忠則、高橋源一郎、中原昌也、他にも多数、
こういう本達がとてつもなく長い行列を作ってるのだな。
車谷長吉も読んでみたい。
忘れてたけど、先月(か先々月)「アサッテの人」を読んだ。
面白くてびっくり。
あれが芥川賞を獲るのは僕にでもわかるな。

母猫がけがをしたと思ってたけど、
今日同じ猫を見かけたら例の母猫じゃなくて、
同じ配色で模様の違う猫だった。
似たのが何匹もいるからね。
しかしあの猫一家にはその後遭遇していない。
あ、白いのだけは、ウチに遊びに来てたか。
何にしても「ノラ」みたいだし、生きていくのも大変だ。
あの母猫、少し前ウチの庭で蝶をつかまえて食べてたもんな。
どう見たって痩せてるし。
それが野生っていうもんかね。



2008.07.05

最近思うのは、結局すべてはつながっていて、
何もかも一緒くたでひとつなのだということ。

言葉というものはあくまでもその定義や概念だが、
例えば「自然」という概念があってそれはあるひとつの「くくり」である。
要するに「自然」と「自然でないもの」とに事象を分類するための言葉だが、
少し考え方を変えてみると「自然でないもの」って何なのかわからない。
いや、本来人間の手が及んでいないものを自然ということくらいは知ってるが、
そういうある意味傲慢な主観を外してみたら、結局全ては自然やんかと。
僕がここで今、これを書いていることも、
ガソリンを燃やしながら車で遠方に出かけたりすることも。

例えば某有名大学の某教授が「火の玉」を科学的な検証によってその発生メカニズムを解明し、
あるいは編み出して、実際に「火の玉」を作り出したとしても、
当然ながら、それが全ての「火の玉」を検証したことにはならないし、
それが霊的なものと関わりがないという証明にもならない。
当たり前だが、そんなに物事は単純じゃない。

こういうことを書くと「あなたは霊の存在を信じてるんですね」とか、
ちょっとずれたことを言う人がいたりするけど、
はっきり言ってそんなことはどうでもいいし、あまり興味がない。
だってどっちにしたってわかんないし、自分で調べようとまでは思わない。
そもそもすべての人がどちらかに属するなどと考えるなんて不思議だね。
ただ、そういう概念が人のアタマの中に存在するということは事実だし、
いろんなものを見たとか、感じるとか言う人も限りなくいて、
僕も変な経験はしたことがある。
要するにそれら全てを一緒くたにして、それが現実だという話で、
あるのかないのかなんて議論に意味があるとも思えない。
それよりあなたは本当に存在してるんですか、それ証明できますか、と。
占い師の価値は、当たるか否かでなく人としてのレベルでしょ。

ダーウィンの進化論と聖書の物語が矛盾するという話も、
そう言ってしまうのは簡単だが、
そんなの頭が固すぎて面白くも何ともない。
面白くないものってその存在が罪悪、という気がする。
というより「面白くない」という判断も所詮は主観的なものでしかなくて、
「おおらかさ」によって何でも面白くしてしまえるんではないかとは思う。
で「おおらかさ」は結局全てを一緒くたに一つの存在として捉えてしまう。
そして「単純でない」と書いたが、実はびっくりするほど単純だったりもする。
複雑にしているのはその人の思考なのだと。
だから某教授の思考が単純だというニュアンスで書いたが、
ある意味、やはりそれは複雑すぎるとも言えるのだ。

以上の文章で僕の言いたいことがちゃんと伝わるような気もしないが、
まあ、そういうことだな。
自分でも何書いてんのか分けわかんなくなってきたし。
質問は受け付けません。
はは。

ウチに出入りしていた子猫のどれかが、
最近隣のアパートのガレージ内で車に轢かれたんではないかという噂が聞こえて来た。
(以前にマンションと書いた記憶があるが、どう見てもマンションというほどのものじゃない)
車が動いた瞬間に猫の「ギャーン!」というものすごい悲鳴が聞こえたとか。
そういえば2〜3日前に、子じゃなくて母猫が、
右の後ろ足をかすかにひきずって歩いているのをちらと見かけた。
それかもな。
ガレージを見てみたが、血の跡みたいなものは何もなくて、
大きな事故ではなかったように思えるが、何にしても猫には暮らしにくいよ。
猫が本来あるべき形で生活できる場所ってたぶんないんやろね。



2008.07.03

「顰蹙文学カフェ」という本を探していたけど近所の書店はどこも置いてなくて、
結局大阪へ出たついでに堂島のジュンク堂へ寄ってやっと手に入れた。
あんなでかい本屋でないと手に入らないって、
これってそんなに売れない本なんやろか。
僕には「たまらん」内容やけどなあ。
高橋源一郎+山田詠美と中原昌也のやりとりに僕はなんだかうっとりしちゃう。
それもちょっと変かも知れんけどさ。

「Dreamweaver レッスンブック」というのも買った。
Dreamweaverの本は2冊目。
僕にはどうしてもこのソフトが使えない。
GoLiveは直感的に使えてしまうソフトだったが、
というより今までMacを使って来て、
大抵のことは直感的にやってしまえたはずなのに、
今回だけはなぜかそれが出来ない。
というより明らかにとことん僕の裏をかいてくるような仕様で、
ちょっとしたことをやるのにも複雑なプロセスが必要でわけわかんない。
世界中で最も使われているソフトのはずなんだが、
こんなに高いハードルを感じてるのって僕だけやろか。
ま、この本読んでみてそれであかんかったらまた考える。
疲れる。
そのせいで最近日記が滞り気味なのだい。

そうそう、先日は横尾忠則の展覧会のレセプションだった。
行くには行ったが徹夜明けで疲労気味。
展覧会を観る力を温存するために、
レセプションの間、別の場所で休んでた。
そのあと壮絶な作品群を観たが時間が許さず。
じっくり鑑賞し直すためにあらためて出直すことにした。
ちゅうか、じゃあ何のために行ったのか。
いやいやそんなこたあない。
ちらっと観たって、じっくり観たって、すごいもんはすごい。
安っぽくこういうこと言いたくないけど、
やっぱり天才は天才であって圧倒的に突き抜けたところがある。
横尾忠則という存在とその作品の存在。
それを確認できるだけでも僕は幸せを感じられる。
僕にとって芸術というのはそういうものであって、それ以外にはない。
横尾さんの猫ストラップを買った。
僕のケータイに合うような合わないような黒が当たったので、
今ケータイにぶら下げている。
なんかいいこと招き猫ー!

ここんとこずっと徹夜気味で脳が停止しかけてる。
ゆっくり本読みた。



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